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久しぶりにブログを書いてみよう

雑文でもよいから、記事を書くことが大切だと思えるようになりました。
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生まれる時代は選べない。普通学級で壊された心と体

小学生の頃は六年間を通して、自閉症からくる言葉の遅れや、泣きべそパニック、相貌失認、協調運動障害に加え、学校内でのいじめや親のしつけの厳しさによるストレスからくる二次障害に悩まされる毎日でした。

二次障害と思われる症状は、場面緘黙症、チック症(瞬きが止まらなくなる)、円形脱毛症、神経性の腹痛などがありました。

当時の写真を見ると、身体もやせ形で見た目もひ弱な感じです。

それにもかかわらず、両親・学校の先生をはじめとして誰一人として、発達の障害を疑う者がいなかったということには、違和感を覚えずにはいられません。

学習面では、ついていけなくて困るということもなかったので、、「性格の問題」と決めつけられてしまい、周囲から無理な努力を要求され、ますます二次障害が悪化するという負のスパイラルにはまっていくという最悪なパターンをたどります。

それが自閉症スペクトラムの診断がつくまで、ずっと続いたわけですから、人生の前半という貴重な日々を、わけもわからずもがき続けていた事になります。

現在はというと、二次障害はメンタルクリニックで処方される薬でかなり楽になりました。

あとは、自閉特性と、どのようにつきあっていくか?

環境調整をして世の中に適応していくことが一生の課題です。

環境を整えるように、とアドバイスをうけたのですが、その方法がいまいち分からないというか、さじ加減が難しいです。




テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

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隠ぺいされた障害(3)

当時から早30年の年月が経っても、思い出したくない記憶ほど鮮明に思い出せてしまうのは、自閉症の障害特性と分かりつつもやりきれないものがあります。

中学生の頃、顔を憶えることが難しいことを母に打ち明けると、「人の顔をきちんとみないから憶えられないの。人の顔をろくに見ないで話すのは相手に失礼なことなのよ」としかられてしまいました。

私にとってその事はかなりショックでしたし、母にさえ理解してもらえそうにない、という事実に打ちのめされました。

以来、「顔を憶えられない事は人間としてありえないこと」なので、「誰にも知られてはならない!」と自分に言い聞かせ、隠し通す結果となってしまったのです。

本当の話を打ち明けると、小学生の頃はクラスメイトの顔を憶えようと努力し、ジロジロと観察するように見つめてしまったのでとても嫌がられ、特に男子からは「何睨んでるんだよ」と怒鳴られることも多く、「目つきが悪い」と皆に嫌われる原因を増やしてしまいまして。。。

その頃の苦い経験がもとで、「人と目をできるだけ合わさない」という対処法を身につけてしまったのです。

それではますます、顔を憶えることは難しくなりますよね。

今振り返れば、(その対処法の)半分は間違いであると分かるのですが、自然なアイコンタクトができない私にとってはそれでせいいいっぱいだったのです。

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隠ぺいされた障害(2)

部活動は、迷いに迷った挙句、新設部の弓道部を選択してしまい、後々悩み続けることとなります。両親から費用がかかりすぎるのでパソコン部はだめだと止められたからです。

武道には全く興味が無かったので、毎日のようにきつい練習をしなければならないのかと思うと、気が遠くなるようでした。

情けない話ですが、当時はその他の解決策を考えられなかったのです。

相貌失認のみならず、軽度の場面緘黙症、対人スキルの低さなど様々な問題をかかえてはいるものの、学業成績だけはそこそこに良かったので、全日制の高校を選んだのですが、義務教育ではないだけに精神的に厳しい三年間となりました。


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隠ぺいされた障害

間が空きましたが、相貌失認により人の顔を憶えられないことにより、学校生活で苦労がたえない話の続きを書くことにします。

さて、なんとか無事に高校受験に受かり、新たに高校生活がはじまるわけですが、ここで再び顔をなかなか憶えられないことによる苦労がはじまることになります。

一学年だけで800人近くの生徒数が在籍する高校でしたので、年度初めのオリエンテーションの時は、体育館内で自分のクラスの場所をさがすだけでも大変でした。

それよりも、困ってしまったのが部活動の選択です。私には「高校では美術部に入る」という希望がありましたが、中学生時代と同じく、「学校内で先輩とすれちがっても気付くことができない」という失態を繰り返すのは目にみえていました。

それでも勇気を出して美術部に入るべきか、あるいは活動日数の少ない他の文科系クラブにはいるべきか、二週間ほど悩みました。

私の入った高校は進学校だったのですが、当時は部活動にはいることが必須だったのです。

そんな時、新設部ができるかもしれないという話が浮上してきました。

それは私にとって、まさに救いの手が差し伸べられたようなもので、美術部よりも、先輩・後輩の人間関係の無い新設の部活動に入り、相貌失認によるトラブルを未然に防ぐことが、高校生活をストレスなく送るためには大切だと判断しました。

いくつか新設部の候補が上がり、最終的には、弓道部、パソコン部(情報処理部)に絞られ、私はパソコン部が良いと思い、さっそく両親に「パソコン部に入ることにしたよ」と伝えました。

ところが、「入部希望者が余りにも多いので数学のテストを行い選抜を行う」という事や、パソコンが一台80万円(1985年当時)もするので月々の部費が他の部の約10倍ほどかかるなど、簡単には入部できそうにないことがじょじょに分かってきて私は途方に暮れてしまいました。
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プロフィール

ナート

Author:ナート
☆訪問ありがとうございます☆
                              *成人するまでの成長過程では場面緘黙症をはじめとするさまざまな心身の不調に悩まされました。
社会人となるころには場面緘黙症は克服できたと思えたのですが、仕事上のストレスからうつ病となり、それが現在にいたるまで続いています(二次障害としてのうつ病)。

40代となった今でも対人関係は苦手です。家族ともあまりうまく話せないという現実があります。それでも以前に比べれば随分進歩したようです。

転職を繰り返し、ようやく「自分にとっては天職かもしれない」と思える仕事・職場に巡り合えました。パートタイムの仕事ですが、確定診断後から約5年半続いています。ありがたいことです。


*高機能自閉症
(H.22.7月に確定診断)

*埼玉県在住

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